水戸はオセロ発祥の地です。(水戸偉人伝×長谷川五郎さん)

画像:長谷川さんの雄姿^^
画像:長谷川さんの雄姿^^

水戸がオセロ発祥の地だということをご存知でしょうか?

 

2006年発祥の地を記念し、水戸で世界大会を開催され街中にオセロの色に染まりました。日本JC茨城ブロック協議会では、この時の関連行事の一環として、「ちびっ子オセロキャラバン」の立ち上げに参加し、以後9年間にわたり、地域内24LOMの全てで予選を行い、各地区5名の優秀者を選抜し、県大会を実施しています。昨日も、水戸での予選会を主管させていただき、110名のちびっ子が、オセロを通じ、地域の宝を実感いただきました。

 

JC的なロジックでは、オセロの普及が目的でなく、オセロを通じたコミュニケーションの創設が目的です。

毎年、参加してくれるちびっ子は、大会に参加するために、お父さんお母さんと特訓に励んでいます。その時間が尊いものなのです。また試合を前に、挨拶や、礼儀を徹底しているのも特徴で、ゲームをツールとすることで、子供たちの成長はもちろん、家訓づくりや、徳パック、そして水戸では「偉人伝」などのプログラムも、同時開催し、様々な波及効果をもたしてきました。

 

子供の習いものとして、サッカーや野球、プールなどのスポーツ系。習字、ピアノなどのインドア系があります。家訓二ストはこの中に、ゲーム系っというものがあるべきだと提言します。中国や、韓国では、子供たちに囲碁を習わせることがブームになっているそうです。囲碁や、将棋、そしてオセロは、集中力をたかめ、先を読む力や、高い論理力を鍛えることができます。子供の能力は無限大といいますが、幼い頃に、ゲームの中で脳力を高めることは、盤上にとどまらず、勉強の面はもちろん、人生を豊かにすることができるのではないでしょうか?

 

家訓二ストは高校になり囲碁をおぼえ、いまだに趣味として楽しんでいます。

自称5段の腕前ですが、高校というのはちょっと遅いスタートでした。もうちょっと早い時期に覚えたかったという反省がある一方、囲碁を通じ、様々な世代の皆様と交流をもててきたというのが一番の自慢です。しのぎをけずった同級生、対戦した他の学校の生徒さん、社長さん、お医者さん、喫茶店のマスター。齢80をこえた紳士とも戦ったこともあります。盤上の上では、地位や年齢、そして自分自身さえ裸になり向き合うこととなります。

 

ゲームというなかれ、ゲームの中でこそ、人生の豊かさ、そして真理に出会うものなのです!

 

 

あらためて、水戸の宝、オセロ発祥の地である水戸の物語と、開発者である長谷川五郎さん半生を紹介させていただきます。

 

オセロは、リバーシをベースにして生まれたゲームですが、長谷川さんが第二次世界大戦が終わって間もない1945年秋頃、旧制水戸中学校(現水戸一高)時代に牛乳瓶の紙蓋で作成したゲームです。白と黒の面を持つ牛乳瓶の紙蓋の石を使用し始めたのが長谷川五郎の牛乳瓶の紙蓋製試作第一号であることから、現在も公式のサイズとして採用されています。学校の10分間の休憩時間内に決着がつき、しかも覚えやすいリバーシのルールであることから、戦災で校舎が全焼して青空授業が行われていた同校の生徒の間に徐々に広がっていったという。その後間もなく、牛乳瓶の紙蓋を貼り合わせたものの片面をフェルトペンで黒く塗りつぶした石が作られ、前述したように、商品化の際の試作にも用いられた。長谷川さんは茨城大学経済学部政経科を卒業し、製薬会社でプロパーをしながらオセロを広めていたが、ある日長谷川自身が担当していたある病院の医局長から、「このゲームは社会復帰を目指す患者のリハビリに適し華がある」と太鼓判を押されたほどだ。この医局長の一言が、長谷川に製品化を決断させたきっかけとされています。

 

現在は長谷川さんのオセロは、製品として「オセロ(Othello)」という商標が登録され発売されています。日本では玩具メーカーのツクダが商標登録を行い1973429日に発売した。もともとは当時におけるパンダブームに合わせ、「ランラン・カンカン」と名づけて売られる予定だったが、父親の長谷川四郎がシェイクスピアの学者だったこともあるため、「オセロ」と名称が変更され発売に至りました。これが今までに一度もモデルチェンジをせず、公式試合にも用いられている「オフィシャルオセロ」であす。発売とともに囲碁の入門用に使われる9路盤をイメージさせるほどの盤面で、囲碁や将棋やチェスなどよりもシンプルで遊びやすいことから、玩具業界としては空前の大ヒット商品となっています。

ルールを覚えるのに1分。そして極めるには、一生・・・とも言われるゲーム性は、世界中で5億人の愛好者を確保するに至っています。長谷川さんの偉業と、その長谷川さんを育んだ水戸をとりまく教育の環境は、まさに郷土の誉です(^_-)

 

藩校弘道館には、「芸に遊ぶ」の一文が掲げられています。

子曰く「徳により、仁により、芸に遊ぶ」

長谷川さんも学んだ水戸一高は、まさに弘道館のおひざ元に校舎を構える学び舎です。斉昭公の遺した「芸に遊ぶ」の一文が、時をへて、水戸発祥のゲームとして、世界中の人々に、遊興と人間的な豊かさをお届けしていると、胸がわくわくしませんか?

 

ゲームの中に人生をみることがあります。

そして、人生をゲームのように達観し、そして楽しむことを「芸に遊ぶ」と孔子はおっしゃったのかもしれません。

 

水戸の生まれのゲームが世界を席巻したように、家訓二ストも長谷川先生の歩みと、オセロの偉業に習い、

徳により、仁により、芸に遊んでいきたいと思います^^