「家訓」の「訓」。「訓」の語源とその意味

画像:口に辛いが語源です
画像:口に辛いが語源です

 

 

口は災いのもと・・・

 

駒ケ根JCの田中理事長より、家訓の漢字の意味について、教えていただきました。おさらいの意味もこめ、家訓二ストも「訓」の語源について調べてみます

 

家訓は、文字通り、「家」に伝わる「訓」

 

「訓」という字は、片は、「言葉」(つらい・謹んで)という意。川は、一定の流れをもつことから、正しい道へ教え導く意味がありそうです。

 

 

なるほど、素晴らしい意味ですね^^

 

しかし、「言」の語源を掘り下げると、もっと深い意味にぶち当たります。

 

 

辛(しん)は刑罰としての入れ墨をするときに使う把手(とって)のついた大きな針の形です。口(こう)は口(くち)ではなく、もとの形はで、誓いの文書を入れる器の形です。その文書を載書(さいしょ)というので、はサイと読みます。誓いをするとき、という器の上に針をおき、私は、もし誓いを守らないときにはこの針で入れ墨の刑罰を受けますというように、神に誓いをたてることばを言(げん)といいます。このような誓いの仕方をするのは、裁判や約束を結ぶときに、自分が正しいこと、約束を絶対に守ることを強く主張するためです。言(げん)とは神に対していう誓いのことばですから、「いう、ことば、ちかい」という意味になります。

 

 

 

【用例】「発言」(意見をいうこと)・「言行」(ことばと行動)・「言語」(ことば)・「伝言」(ことづて)・「寝言」(寝ているときに言うことば)。

 

 

 

【解説】言は、もしその約束に違反したときには入れ墨の刑罰を私は受けますという神への誓いの言葉です。言という字は、何となくものを言うのでなく、神様にお告げをする誓いをたてるという字で、宣誓するという意味です。

 

 言という字ののの中に一が入ると(音)となります。神に誓うことば、神に誓って祈ることばを言(げん)といいます。

 

そうすると神様はことばではおっしゃらないが、夜中にかすかな音を出して反応します。神のお告げが音で知らされるのが、音(おん)という字なのです。神がかすかな音をたてること(訪れといいます)をの中の横線-で示したのが音です。神がたてるかすかな音、つまり神の声を聞くことのできる人を聖(せい)、聖者(せいじゃ)といいます。聖の甲骨文字はで、つま先立っている人の上に大きな耳をかいて、聞くという耳のはたらきを強調している形です

 

 

普段、何げなく使っている言葉ですが、結構深い意味があるようです。

口は災いのもと、あるいは、嘘ついたら針千本のます? ああいえば、上祐・・・なんて流行語もありましたが、現代人は、もっと言葉に重みをもたなくていけないのかもしれません。

 

各地でセミナーで開催させていただき、「言葉」を操ることに少し自信もあります。しかし、言葉は、辛いんですね・・・ 古代中国のように入れ墨ではないにせよ、自分自身に、いろいろ跳ね返りがあるものです(^_^;

家訓の訓は、川のように正しい道に導くもの。そして、そのためには、言葉を積み上げなくてはいけません。1つ1つの言葉の意味をかみしめ、また自分が発する言葉に、嘘がないよう、家訓二ストも日々精進です!

 

田中理事長、ありがとうございました。今後のプログラムで、豪快にぱくらせていただきます!

 

なお、画像についても、こちらのブログを参考にさせていただきました<m(__)m>

http://www.cocotuta.com/article.php/20100828205005340

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